「ハレ」の写真と「ケ」の写真

ハレとケ
という言葉をご存知ですか?

日本には、特別な日を「ハレ」、何気ない毎日を「ケ」と呼ぶ考え方があります。

私は、ハレの写真もケの写真も両方大切だと思っていて、

どちらもあるからこそ、それぞれの価値がより引き立つと思っています。

ハレの写真は、例えば子どもの発表会のようなもの。
たくさん練習してきた成果を披露する特別な日です。

写真も同じで、出来るようになった姿や最高の笑顔だけでなく、泣いてしまう日や嫌がってしまう日もあります。
もちろん笑顔が残せたら嬉しい。
でも、うまくいかなかった時間も含めて、その時にしか残せない大切な記録だと思っています。

私の次男も、百日記念の撮影では大号泣でした。
「ほんともういいです、ごめんなさい💦」
と思うくらい泣いてしまって、写真には泣き腫らした顔がしっかり残っていますw。

でも今、その写真を見るたびに思い出すのは、「泣いていた」という事実よりも、
「この子もこんな時期があったね。」
という、あの頃の記憶です。

時間が経つと、泣き顔も笑顔と同じくらい愛おしい思い出になるんですよね。

ちょっとおめかしして、ちょっとおしゃれな背景で、
ちょっとだけ背伸びして頑張ってみる。
そんな特別な日を残すのがハレの写真。

逆に『ケ』もすごく大事で、毎日の写真があるからこそ、特別な日の写真がより輝くんですよね。

昔スマホで撮った私の写真は、

子供が公園で嬉しそうにたんぽぽ持ってきてくれた写真とか、
おもちゃが散乱した部屋で寝落ちしている子供の写真とか、

本当にごくごく普通の、そんな写真達が並んでいます。

昔は、この日常を撮り溜めるということがなかなか出来なかったんです。
カメラが高価なものだったし技術がないと写真は撮れなかったから。

だから、写真はハレの写真しかなかった。

だけど、今はスマホが身近になり、簡単に日常を残すことが出来るようになりました。
そうなってから、ハレの写真があって、ケの写真もあって、両方合わせて1つのアルバムに仕上がるみたいな、そんな価値観になってきたのかなーと思っています。

特別な日だけでも足りない。

日常だけでも足りない。

何気ない毎日があるから、特別な日が輝く。
そして、特別な日があるから、何気ない毎日も愛おしく思える。

笑顔も、泣き顔も、その時の空気感も。

その大変だった子育ての瞬間も、数年後に見返した時、
「こんな時期があったね」
と笑って話せる日がきっと来ます。

そんなふうに、お子さんの成長をまるごと残していけたら素敵だなと思っています。

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